脳神経系の発生と分化の分子生物学的解析

     御子柴克彦(東京大学医科学研究所化学研究部教授)

          (理化学研究所脳科学総合研究センター)

          ( 発生・分化グループディレクター )


講演要旨:

 複雑かつ精巧な機能を有する脳も、1個の受精卵より発生・分化の過程を経てつくりあげられている。まず、細胞分裂の過程でニューロンとグリア細胞の2種類の細胞に分かれるが、ニューロンはニューロンネットワークの形成に中心的な役割を果たし、グリア細胞は脳機能の発現の上で重要な支援機能を行っている。脳はもともと、外界の刺激を受けてその情報を処理し、目的にそった運動出力に変換する器官として発達してきた。

 近年数多くの運動障害をおこす突然変異をおこしたミュータントマウスが発見されてきた。それらは行動ー組織ー分子との相関を解析する上で重要な研究材料として、近年の分子生物学、発生工学、細胞生物学的手法を導入することにより、脳の発生と分化、更にその障害発生のメカニズムの解明の手がかりがみいだされつつある。

 小脳は運動制御系としての役割を担うが、我々はそのニューロンの一つであるプルキンエ細胞を欠損しているミュータントで欠落していた蛋白質P400がIP3レセプターであることを発見し、全構造を決定した。IP3レセプターは細胞内Ca2+貯蔵庫からのCa2+放出にかかわりCa2+波、Ca2+振動に必須な分子で受精、減数分裂、細胞分裂、背 腹軸決定、神経突起伸展、脳の記憶現象にも関わっていることが明らかとなった。

 一方、小脳の顆粒細胞でみいだしたZic遺伝子はタイプ1は、小脳のパターン形成、タイプ2はヒト13q症候群の原因遺伝子として、脳の発育に重要であり、タイプ3は左右軸を決める遺伝子であった。しかもアフリカツメガエルを用いることにより、Zic 遺伝子は神経誘導に重要なこともわかった。

 プルキンエ細胞と顆粒細胞の位置が乱れ、かつ脳のしわ形成のできないリーラーミュータントマウスを手がかりにして抗原分子を同定し、ニューロンの位置決定分子CR /50抗原/リーリンが明らかとなった。最近さらに、ニューロンの位置異常をおこす新しいミュータント(ヨタリマウス)を発見しその原因がSrcチロシンキナーゼなどのC H2ドメインに結合するdisabled遺伝子の異常であることをみつけた。

 このように小脳でみつけ解析してきた分子が背腹軸形成、左右軸形成、神経細胞の位置決定など脳の形づくりと高次機能に重要な役割を果たすこと、またそれら機能分子の変異により脳神経障害がひきおこされることが明らかとなった。これらの機能分子は、脳を理解する上でも、また脳障害の病態像を把握してその治療法を開発する上でも大きく貢献すると考えられる。

文献:

1) Science 282. 1705-1708 (1998) 2) Science 279. 237-240 (1998)
3) Science 276. 1878-1882 (1997) 4) Nature 385 .70-74 (1997)
5) Science 2 78. 1940-1943 (1997) 6) Nature 389. 730-733 (1997)
7) Nature 379. 168-171 (1996) 8) Neuron 14. 899-912 (1995)
9) Cell 73. 555-570 (1993) 10) Science 257. 251-255 (1992)
11) Nature 350. 398-402 (1991) 12) Nature 342. 32-38 (1989)

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